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ブログ開始の1週間前の5日(土)、カミサンと遠州森町の小国(「おくに」と読みます。)神社、袋井市の可睡斎に行ってきました。それぞれに隣接するハナショウブ園とユリ園を見ようということで、高速休日1,000円を利用してのドライブです。ほかにもう一つ理由がありました。それは、二年前から始めた「全国一宮」を参拝することで、遠江の一宮が小国神社なのです。
家を出て、1時間ほどで小国神社に着きましたが、途中、面白いものに出会いました。森の石松はわかりますが、ほかに白雪姫やかまきりなど意味不明なオブジェ?がずらりと並ぶ摩訶不思議な一角でした。
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神社前の駐車場はほぼ一杯でした。後でわかったのですが、前々日に地元の新聞にショウブが見ごろだと報道されたのが、原因だったようです。それはともかく、この神社、思いのほか立派な神社で、参道には杉の古木が林立し、桧皮葺きの社殿も荘厳さがにじみます。社殿の横の宮川沿いには遊歩道があり、森林浴が楽しめます。祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)つまり大国主命=大黒様です。また、徳川家康ゆかりの神社でもあり、開運祈願に太刀を奉納しており、休憩の際に腰をかけた石があります。ここが家康ゆかりの地とは、ここを訪れて初めて知りました。
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ハナショウブ園は、ちょうど見ごろでしたが、豊橋の加茂ショウブ園ほどの広さはないように感じました。
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このあと、パンフレットで知ったアジサイ寺(極楽寺)が近いということで、訪問することに、途中、天竜浜名湖鉄道の遠江一宮駅に立ち寄りました。全国各地の一宮へのアクセスとしては、今は車それもマイカーかツアーバスがほとんどですが、かつては鉄道が主体でした。私一人の場合は、ほとんど鉄道を利用しての一の宮めぐりとなりますが、駅から神社まで歩くのは結構好きで、苦になりません。今後も折に触れ、一の宮紀行も記したいと思っています。
駅舎を写して、待合室に入ると数人の客の姿がありました。あとでわかりましたが、これらの人たちは鉄道の利用者ではなく、駅舎利用のそばやのお客でした。ネットで見たら、結構有名なそばやということです。
また、この駅が70年前の昭和15(1940)年6月1日に旧国鉄二俣線が開業した時に設置されたことや駅の思い出が3枚のパネルに書かれて掲示されていました。ちょうど、11時55分の掛川行きが到着するということで、写真を撮りました。数人が降車しましたが、乗車はゼロでした。やはり、そばやのお客でした。
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アジサイ寺は、やはり花の見ごろにはまだ早すぎました。次の目的地、可睡斎を目指します。ここも門前の駐車場は満員で、少し離れた場所に留めざるを得ませんでした。
可睡斎は曹洞宗の古刹で、徳川家康が名付けた由来があります。ユリ園が有名だとは聞いていましたが、これほどのものとは思いませんでした。3万坪の敷地に約150種類、200万本という売り言葉に間違いはなく、1,000円也の入場料も納得しました。写真は一面敷き詰められた黄色のユリのじゅうたんです。
ここでしか食べられないというユリの天ぷらそばで遅めの昼食を取りました。ユリ根の苦みもなく、味はまずまずでしたが、食事場所に分煙がなされたないのは、いかがなものかと思います。カミサンは、直売所で3鉢1,000円で3種類のユリを買い、ご満悦でした。
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このあとは、トコトコ下道で帰るつもりでしたが、浜松まで慢性渋滞で、時間がかかりすぎたため、浜松西から高速に乗換へ、無事帰宅しました。
ニュースでも報道されていますが、岩手・宮城内陸地震から丸2年が経ちました。
この地震で、前途ある若き鉄道愛好家が不慮の死を遂げています。故・岸由一郎さん(享年35)がその人です。
当時のニュースで、土石流にのみ込まれた温泉旅館の宿泊者の中に彼の名を知ったときは、同姓同名の他人であってほしいと願ったものでした。
彼の死亡が確認された時から、その早い死を悼む声が多く寄せられたのは当然のことでした。彼の人となりについては、笹田昌宏氏が著した『あの電車を救え! 親友・岸由一郎とともに』(2009年・JTBパブリッシング)に詳しく書かれていますので、ここでは省略します。
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私が彼の名を知ったのは、前著にも紹介されている鉄道雑誌の論文でした。史資料を駆使した緻密な記述に、この人はすごい、前途が楽しみだと思ったものです。
その後、3年ほど東京で過ごした時代に、たびたび交通博物館を訪れた時に学芸員として活躍する岸さんと顔を合わせる機会があり、親しくお話をすることができました。忙しい中、いろいろ尋ねる私に笑顔で対応されたことを忘れることはないでしょう。
学芸員として学究活動はもちろん、鉄道遺産の保存に対するボランティアに関わるなど行動派でもあり、もっと活躍していただきたかった。亡くなったときも廃止された「くりはら田園鉄道」の保存と活性化に向けての検討委員会への参加の帰途での受難でした。本当にその早い死が残念でありません。改めて哀悼の意を表します。
# by kiraku-an | 2010-06-14 20:12 | 鉄道
今、評判の映画「RAILWAYS」を見ました。テレビCMも盛んに流れてましたので、結構の観客かなと思い、足を運びましたが、土曜日の午前とはいえ、私とカミサンを含めても5人というのは、いささか淋しいものでした。
映画自体は、仕事と家庭、家族と介護、田舎と都会、ローカル線そして男のロマンと盛りだくさんのテーマを詰め込んだもので、あり得ない内容とと思いつつも、すんなりと見ることができました。鉄道ファン的にはやはり一畑電鉄の古豪デハ二50の走りやなかなか知ることのできない京王電鉄での研修状況を興味深く見ました。
一畑電鉄に実際に乗車したのは、一度しかありません。それも40年ほど前の1969年11月にゼミ生と教授で鳥取から島根を旅した時に、出雲神門(現・出雲大社前)から松江温泉(現・松江しんじ湖温泉)まで乗っただけです。たった一枚写した写真がデハ63の急行で、確かこれに乗ったはずですが、記憶が定かでありません。
RAILWAYSを見ました。_d0172422_22281480.jpg

その後、松江温泉(今は松江しんじ湖温泉)に二度ばかり泊まる機会がありましたが、いずれも泊まった翌朝に駅舎周辺を見ただけす。一度目は1998年11月のことで、まだ松江温泉駅という駅名で、駅舎もレトロでよい雰囲気のものでした。
RAILWAYSを見ました。_d0172422_22313328.jpg

二度目は、昨年正月に出雲大社ほかめぐるバスツアーで泊まった時です。松江しんじ湖温泉駅の駅舎の変身ぶりには眼を見張りました。
ただ、大社門前の土産物店には、映画製作のポスターが貼られ、デハ二50を外箱にした電車かまぼこや電車缶クッキーなどが売られており、地元が一体となって一畑電鉄を盛り上げようという姿勢は感じられました。
また、松江市では、一畑電鉄と市内を結ぶLRTの構想も持っているようで、いつかゆっくりと全線を乗る旅をしたいものです。
64歳の誕生日を期してブログを始めました。つれづれなるままにキーボードを打ちたいと思っています。
# by kiraku-an | 2010-06-12 22:41 | 鉄道