昭和鉄道高校の保存車(東京あっちこっち 3)
途中、公園でジャグリングの練習をしている青年や
三猿が浮き出た庚申塚のある公園を見ながら、9時過ぎには目的地に着いた。ちょうどこの日は姉妹校の豊島学院高校の入学説明会と鉄道高校の体験入学の日で、両高の校門には親子連れの姿が目立った。鉄道高校の校門前にいた先生に機関車の撮影の許可を得たところ、許しを得たので、校内で撮影できた。祝日ということで、校内には入れないと思っていただけに、これはうれしかった。ただ、煙室扉が開いているのは残念だった。



本機関車は、1891(明治24)年、イギリスのダブス社製1B1タンク機関車で、大阪鉄道(湊町~奈良、王子~桜井間)が導入した2両(B形№6・7)のうちの1両(№6)である。1900年に、大阪鉄道は関西鉄道に合併され、同社の№57・58となった。関西鉄道では、機関車の形式に名馬の名前を付けていたことで有名である。例えば池月、磨墨、鬼鹿毛といったもので、№57・58は駒月と命名された。
その後の経歴を簡単に記せば、次のようになる。
1907(明治40)年 国有化され、2年後の改番で220形220となった。
1917(大正6)年 多摩鉄道に払い下げられ、A1号となる。
1920(大正9)年 西武鉄道に合併され、A1号を引き継ぐが、1944(昭和19)年に3号に改番される。
1956(昭和31)年 日本ニッケル鉄道(1962年、上武鉄道に改称)に貸し出され、8号となった。
1965年に廃車となった後、1967年に、ここ昭和鉄道高校に寄贈されたものである。

この高校には、道を挟んだ反対側に営団地下鉄丸ノ内線用の500形685号が保存されている。こちらは1992(平成4)年に寄贈されたという。狭い敷地に設置されており、運転台側がはっきり見えないのは残念である。


