本庄電気軌道の名残を訪ねる
久々の上京だが、天気も良く、富士山もよく見えた。

本庄までの行程は、新幹線で小田原まで行き、そこからは湘南新宿ライナーで一直線である。さすがにロングシートで2時間半はきついので、グリーン車をおごり、二階席に陣取る。横浜あたりからは席も埋まり、新宿、池袋で半数は降りるが、大宮や終点の高崎まで乗り通す乗客もあり、思ったより利用者が多いようだ。
本庄には昼過ぎに到着、昼食もそこそこにタクシーで図書館に向かう。『本庄市史』、『本庄市立歴史民俗資料館紀要-第3号』その他のコピーを取る。後者は、現在、本庄電軌について唯一まとまった文献ではなかろうか。事前にコピーサービスがあればいいのだが、それでも職員の方は親切だった。
この日は、「本庄まつり」の初日ということで、図書館前の中山道は歩行者天国となり、露店が並び、山車の引き回しが行われていた。

駅に向かう途中、歴史民俗資料館を覗いてみるが、本庄電軌に関するものは、よく見る写真が展示されているのみであった。

駅に戻り、本庄電軌の駅があったという南口に向かう。高崎線に並行する通路が専用軌道の跡である。

先に進むとマンションに突き当たるので、それを避け、一周りしたあたり、高崎線に面して「七軒町停車場記念碑」が建っている。実際の停車場跡は、ここから左折した道路上にあったという。

ここからはこの道路(国道462号)上を併用軌道で走る。時間節約もあってバスに乗ることにし、ちょうど来たバスで四方田(しほうでん)まで乗る。途中、関越道のため、ルートが変更されているが、ほぼ電車道をたどる。四方田で下車するが、方向感覚を失い、目的地とは反対方向に歩いてしまう。

地図を見て気づいて、四方田の集落への道を歩く。10分ほどで目的の産泰(さんたい)神社に着く。境内にある2つの石のベンチの一つに「社会式株道軌気電庄本 贈寄」の文字があった。


これを撮ったあとは、もう一つ本庄電軌の架線柱が残るという「観音塚の松」を目指す。隣接する市営住宅
の敷地に入り込んでしまい苦労したが、やはり10分ほど歩いて観音塚に着く。上越新幹線の本庄早稲田駅が向こうに見える。
秋の陽はつるべ落としということもあって、児玉駅に行くのはあきらめ、本庄駅に戻ることにする。地図を見ると、四方田に戻るより西富田の方が近そうで、そちらに向かう。バス停に着くと、45分発のバスがあった。駅に戻って時刻表を見ると、4時8分の特急「草津4号」がある。自由席を奮発して上野まで乗る。宮脇俊三氏編の『鉄道廃線跡を歩く』にも掲載されていない小さな路面電車の名残を少しだけだが見ることができた。
※ 架線柱と思って撮った写真は、あとから確認すると間違っていた(実際はコンクリート製?という)ので、文と写真を削除しました。

