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名鉄岡崎市内線の名残が消える

名鉄岡崎市内線は、1951(昭和26)年に現在の伊賀橋が架橋されるまで、伊賀川を専用橋で渡っていた。残念ながら私はここを渡った記憶はない。この専用橋は、市内線の前身である岡崎電気軌道が1923(大正12)9月に殿橋-岡崎井田(通称:井田町)間を延長した際に架けられたものである。
伊賀橋に線路が移設されたあとも4本の橋脚には水道管、ガス管、電話線などのインフラが架設されており、市内線最大の遺構といってもよかった。
しかし、2008(平成20)年8月末の豪雨の時、この橋脚に流木などが引っ掛かり、被害を増大させたといわれた。このこともあって、河川改修に合わせ、橋脚の撤去が決定された。
この秋(10月)に見たときには、橋脚上の水道管などが伊賀橋に移設される工事がなされていた。
下は、撤去前の姿を南から北(井田方面)に向かって撮ったもの(10月23日)
名鉄岡崎市内線の名残が消える_d0172422_16472613.jpg

しかし、昨日(30日)に墓参の折りに見たら、橋脚はすっかり撤去されていた。ただ、両岸の橋台はまだ残っており、名残の遺構を見ることが可能である。橋脚の撤去作業を記録することはできなかったが、失われる姿を見ないで済んだことは、これはこれでよかったと思っている。
下は、撤去後の姿を北から南(八幡社方面)に向かって撮ったもの(12月30日)
名鉄岡崎市内線の名残が消える_d0172422_16475743.jpg

本年最後のブログに失われたものを記すのは、やはり切ない。6月に初めて以来、なんとか半年続けることができた。本ブログを覗いてくださった方々にお礼申し上げます。来年もお暇なときにでもご笑覧いただければ幸いです。
by kiraku-an | 2010-12-31 16:37 | 鉄道